nobby@tumblr

で、特に噴飯ものなのが、フカヒレのシーンです。

漁師が生きたサメからヒレだけ切り取って海に捨てる様子がいかにも極悪非道って感じで描かれます。たぶん映画の中で一番印象に残るシーンで、サメがヒレを失って海中に沈んでいく様がとても哀れに見えるんですね。

でもこれって、人間にとって必要な部分だけを取って自然の循環の中にサメを返してると捉えられなくもない。

それを悪し様に描いて断罪するのは、結局フカヒレを食べる習慣のない欧米人の価値観の押しつけに思えてしまう。

考えすぎかも知れませんが、フカヒレ漁をしてる黄色人のオッサン=野蛮人/「海って何?」という疑問を抱く白人の子=ピュアで文明的 みたいな対比を演出してるようにも見えて、そこはかとない差別意識も感じました。

この映画ではナレーションで「多様性」という言葉が連発されるんですが、よくいえたもんだと、と呆れてしまいます。

でも、実は本当にひどいところは別にあって……

なんと、このフカヒレ漁のシーン、完全にヤラセというか「作り」なんです!

パンフレット読んでのけぞったんですけど、ヒレを切られたサメはロボットで制作者は「聞いた話」を元に再現したっていうんですよ!

パンフレットによれば巻き網漁や捕鯨のシーンも特撮やCGを駆使して「作った」ようです。

だから映画の最後に

「私たちはこの映画のために海に生きるものを一匹も傷つけてない」

という意味の字幕が、誇らしげに出てくるんですね。

アホか!

それやったら、ドキュメンタリーじゃないだろ!

100歩譲っても再現ドラマ『どーなってるの?!』とか『こたえてちょーだい!』でやってたアレですよ?

だったら、フカヒレ漁の漁師の家で嫁姑戦争が勃発くらいやれや。

家の“絶対君主”かつ“虐待の主導者”は祖母だった。約18年前に祖母、母親、父親、長女、次女、三女A子の2世帯生活が始まる。その後、2年たたず母親が離婚。祖母と母親が2人で近所に“離婚のあいさつ”をした。

 近隣住民によると「母親が『主人が、うちのおばあちゃんにとても披露できない暴言を吐いたの。真ん中(次女)だけ主人が連れてくの』と言っていた」。庭の手入れや掃除、雪かきは、すべて父親がこなしていた。なのに祖母は「うちの婿は本当に気が使えない」とののしっていたというから、離婚原因は義母の仕打ちに父親が耐えきれなかったことのようだ。

 A子は最初、肉体的虐待を受けていたようだ。北海道岩見沢児童相談所は、2004年2月に母親から身体的暴力を受けているとして一時保護。帰宅後も自宅訪問や面談をしていたが、同年11月に「心配がなくなった」として解除した。

 しかし、A子が10歳になったころ、父親の雑務を引き継がされた。

「草むしり、掃除、雪かき、犬の散歩、すべてA子がやらされていた。朝5時から登校前に雪かきしていた」(近隣住民)

 祖母が「しつけ」と称する重労働は約7年も続いた。走って学校から帰る姿を見た人が「ダイエットで走ってるの?」と聞くと、A子は「(急いで)うちのことをやらないと怒られるの」。家の中からもA子を叱る罵声が、たびたび聞こえてきたという。

 自宅は母屋と、隣に3畳の広さの離れがある。A子は一人で、離れで寝起きしていた。近所の女性は「家事以外は家に入ることも許されなかった。玄関に近づくのもダメで、わざわざ母屋の裏庭に遠回りして離れに出入りしていた」と語る。

 家計を握っていたのは祖母だった。「リュックを背負って通学していたA子が、風呂敷に勉強道具を入れて首から巻いていたことがある。おばあちゃんから『リュックは私が買ったものだから使うなって言われた』と話していた」(同)

 いつも制服かジャージー姿だったA子に対し、祖母は「イッセイミヤケ」を好み、ロングスカートにブラウス、ストールを巻き「短髪をオールバックにして朝からバッチリ化粧していた」(同)。

 ある冬の日には大雪が吹き荒れる中、自宅の車庫前に立つA子がいた。正午に祖母と母親が買い物から帰るのを「外で待て」と指示されたという。コートも着ずに「おばあちゃんが雪に当たるから、私がシャッター開けるの」と、寒さに背を丸めて言っていた。近所の人が「家の中で待ってれば?」と声をかけても、弱々しく首を振るだけだった。

 古くから付き合いのある住民は、祖母が引っ越しのあいさつに来たときの話を覚えていた。

「恥ずかしい話だけど、うちの娘ね、また子供ができるの。普通、子供は1人か、せいぜい2人よ。3人なんて恥ずかしい。本当にイヤね」

 初対面の相手に語る言葉としては異常だろう。3人目といえば三女のA子とみられる。生まれたときから祖母に嫌われ、その後は虐待されていたといえそうだ。味方のはずの母親は守ってくれなかった可能性が高い。A子は成績優秀で、生徒会長になる目前だったという。

#過去の自分に手紙が送れるとしたらなんて書く
何を脳内で割り切ってしまって
そうなったのかもはや覚えていないが、
とにかく茶でも飲んで落ち着いて
本名でエロマンガデビューするのはやめておけ
民営化以前に郵便局職員らが顧客の貯金や保険金を着服した総額が、〇五~〇七年度上半期の二年半で二〇億円以上に達した(読売新聞、〇九年九月三日)。わずか二年半で二〇億円だとしたら、その前の数十年間で、どれだけのお金が不正に着服されてきたのだろう。

暴力をもってしないと暴力は廃絶されない。このポケットティッシュは私たちに正義とは何かを問いかけている。 http://ift.tt/1vbYyuL— わたぜ(裏) (@gwataze) October 15, 2014
中古ネタで一番腹抱えて笑ったのが、大学の先輩が出張でアルゼンチン行って地下鉄乗ったら丸ノ内線の車両がまんまホームに入ってきて「俺疲れてるのかな…」と一瞬悩んだという話。まぁ地球の裏側行ってそんなのに出くわすとは思わんわな

消防庁にハフポスト日本版が問い合わせたところ、AEDを使う際には「パッドと肌を密着させる」ことが正しく、衣服の上からパッドを貼ってしまうと、衣服が燃えてしまう可能性もあるという。

消防庁が一般向けに用意している応急処置マニュアルでは、「電極パッドは、肌との間にすき間を作らないよう、しっかりと貼り付けます。アクセサリーなどの上から貼らないように注意します」と案内している。また、胸が濡れている場合には、タオル等で水分をふき取ったあとに、電極パッドを貼る必要もあるという。

しかし、衣服を脱がせているから密着しているということにはならない場合もある。石川県の津幡町では、パッド装着時に隙間がある悪い例を写真で紹介している。

横浜市では、パッドを貼るときには、公衆の面前であっても胸をはだけることも救命のためにはやむをえないとしながらも、「できるだけ人目にさらさないような配慮が望まれます」としている。AED販売企業の中には、オプションとして目隠しとなるような「仕切役」を販売するところもあるが、日本赤十字社では広げて隠せるように、AEDを設置する際には毛布やタオルも常備しておいてほしいと呼びかけている
横浜市では、パッドを貼るときには、公衆の面前であっても胸をはだけることも救命のためにはやむをえないとしながらも、「できるだけ人目にさらさないような配慮が望まれます」としている。AED販売企業の中には、オプションとして目隠しとなるような「仕切役」を販売するところもあるが、日本赤十字社では広げて隠せるように、AEDを設置する際には毛布やタオルも常備しておいてほしいと呼びかけている
tamazo2:

茨城県営見和アパート(1994年)
水戸市見和
2014

tamazo2:

茨城県営見和アパート(1994年)

水戸市見和

2014